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スペイン到達以前 スペイン人到達前のアルゼンチンには、約1万5000年前にベーリング海峡を渡ってアメリカ大陸にたどりついたとされるモンゴロイドの子孫が住んでいました。アルゼンチン南部のパタゴニア地方にはクエバ・デ・ラス・マノス(「手の洞窟」、紀元前7300年~)など先住民の暮らしを物語る壁画が残されています。16世紀にスペインの探検隊が到達した当時は焼畑や狩猟採集などを行う先住民族約30万人(約20集団)が住んでおり、インカ帝国の影響下にあった北西部が先住民の最も多かった地域でした。
ラプラタ河河口に 最初の街を築いたメンドーサ
第3次軍事政権とマルビーナス戦争 1976年、極度に混乱した国内の秩序を回復し、混乱状態から脱却することを目指して軍部評議会が政権を担当するとの布告に続いて、平穏に軍事革命が実行され、ビデラ陸軍長官を首班とする軍事政権が成立しました。この軍事政権は厳しい弾圧でテロ、ゲリラ活動を抑え込みましたが、70年代後半から80年代後半にかけて、1万5000人から3万人におよぶ活動家や一般市民らが軍事評議会によって誘拐され、拷問を受けて行方不明となりました。この犠牲者らはデサパレシード(Desaparecido=姿を消した者)と呼ばれアルゼンチン史に深い傷を残しました。2006年にはこの軍事政権下の弾圧を忘れまいとする記念日が制定されました。 ビデラ、ビオラに続き、政権の座に就いたガルティエリ将軍は国民の政治不信を反イギリス感情へとすり替えようと、1982年にイギリスが統治するマルビーナス諸島(フォークランド諸島)を武力占領し、イギリスとの間にマルビーナス戦争を起こします。約10週間の戦闘の後、750人の戦死者を出したアルゼンチンは降伏を余儀なくされます。マルビーナス戦争の敗退に伴うガルティエリの失脚後は、ニコライデス、ビニョーネ将軍が大統領に就任しましたが、敗戦によって軍事政権の権威は失墜し、1983年に民政に移行するための総選挙が行われました。